2007年4月30日 月曜日

中野雄一郎先生の講演会

Filed under: 新着情報 — 管理人 @ 18時56分42秒

来る5月18日(金)に、中野雄一郎先生をお迎えしての講演会が予定されております。
初めての方向けの易しいメッセージですので、お気軽においで下さい。
講演日程:
5月18日 10:30~ 「日本人への絶大な愛」
5月18日 19:00~ 「敗者復活の人生」

講演会のパンフレット

中野雄一郎先生の詳細については、以下のホームページを参照下さい。
マウント・オリブ・ミニストリーズ

2007年4月29日 日曜日

平和をつくり出す者

Filed under: 礼拝メッセージ — 牧師 @ 10時30分32秒

マタイの福音書5章9節
 今日は、9節から「平和をつくり出す者」について学びましょう。
イエス様の言われた「心の貧しい者は幸いです。」(マタイ5:3)から「心のきよい者は幸いです。」(マタイ5:8)に至る6つの教えは、キリスト者が、どのような存在でなければならないか、つまり内なるきよめについて示され、続いて主は、キリスト者は、外側に向かって何をすべきかを示しています。それが「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれるからです。」(マタイ5:9)。
マタイ5:3
5:3 「心の貧しい者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。

マタイ5:8
5:8 心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。

第一に、「平和をつくり出す者」とは、どのような人かです。
この言葉は、神と人とを愛して、あらゆる争いと口論、あらゆる不和と論争とを徹底的に憎み、忌み嫌う人々を意味します。従って、争いの火が燃えつかないように、燃えついてしまった時には、燃え上がらないように、あるいは、燃えあがってしまった時には、それ以上燃え広がらないように、とあらゆる力を尽くして努力する人々を言います。

そのような人は、人々のあらしのような霊を静め、荒れ狂う感情をおだやかにし、互いに争っている党派の人々の思いをやわらげ、可能ならば、互いに和解させようと努力します。平和のあるところでは、その平和を保つために、平和のないところでは、平和を回復するために、正しい「はかりごと」を用い、全力を尽くし、神がその人に授けられたあらゆる才能を動員して、人々の間に、格別神の子たちの間に、互いの善意を推進し、強固にし、増し加えることが、平和をつくり出す人々の心の喜びなのです。

即ち、「謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保つ」ことができる人であり、それが心の喜びとなるのです(エペ4:1-5)。
エペ4:1-5
4:1 さて、主の囚人である私はあなたがたに勧めます。召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。
4:2 謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、
4:3 平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。
4:4 からだは一つ、御霊は一つです。あなたがたが召されたとき、召しのもたらした望みが一つであったのと同じです。
4:5 主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つです。

第二に、「平和をつくり出せる者」とは、どういう人かです。
その1、「平和をつくり出す人たち」は、「機会のあるたびに、すべての人に対して、善を行」なう人(ガラ6:10)です。そういう人は、神様とすべての人に対する愛に満たされているので、隣人や見知らぬ人々、敵にさえ、あらゆる可能な限り「機会を十分に生かして用い」て、愛における善を行ないます。
ガラ6:10
6:10 ですから、私たちは、機会のあるたびに、すべての人に対して、特に信仰の家族の人たちに善を行ないましょう。

また、他の人を益するために、あらゆる時間を利用し、持っているあらゆる種類の才能のすべてを駆使して、善を実行します。そういう人の唯一の願いは、主が来られる時に、「よくやった。良い忠実なしもべだ。あなたは、わずかな物に忠実だったから、私はあなたにたくさんの物を任せよう。主人の喜びをともに喜んでくれ。」(マタイ25:21)と言って頂くことだけです。天に宝を積むとは、そういう人の事なのです。それは本当の意味で、神様の恵みを体験している神の子とも言えます。

その2、常にテレパシーを人にではなく、神に向けて、平和をつくり出す人は、すべての人の肉体の必要にまで、自分の力のなし得る限りを尽くして、善を行ないます。「飢えた者にはパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見て、これに着せ、あなたの肉親の世話を」(イザヤ58:7)し、「病気の人を見舞い」、訪問し、最も必要に直面している助けを施します。
イザヤ58:7
58:7 飢えた者にはあなたのパンを分け与え、家のない貧しい人々を家に入れ、裸の人を見て、これに着せ、あなたの肉親の世話をすることではないか。

そして、これらの一切を、人に対してするのではなく、「あなたがたが、これらのわたしの兄弟たち、しかも最も小さい者たちのひとりにしたのは、わたしにしたのです。」(マタ25:40)と語られたお方を覚えてなす。つまり善行は、信仰の結実であり、神のためになすことを神様は喜ばれ、その人自身も共に喜ぶのです。

第三に、平和の原点は、魂の救いと信仰の成長にあり、そのために労する人こそ、真の意味で、平和主義者であり、平和をつくり出せる、今最も必要な人です。そのやり方、方法とその報いは何かです。

キリスト者は、誰かの魂のために、何らかの善をなすことができるならば、更に大きな喜びとなります。この力は、まさに、神に属するもので、心を変えるのは、ただ神おひとりであり、これなしには、他のいかなる変化も、むなしいものです。人を助けるのに、神御自身のみ力と祝福と愛とを、ひとりの人を通して他の人へと伝えることが、神の喜び給うことなのです。

その1、やり方、方法です。
平和をつくり出す人は、常に神のみ手の道具として、主の御用のために土地を準備したり、種を播いたり、既に播かれた種に水をやったりしています。受けた恵みの程度にしたがって、勤勉の限りを尽くして、大罪人を叱責し、滅びの広き道をまっしぐらに走る人々を呼びもどし、「死の地と死の陰にすわっていた人々に、」光を与え(マタイ4:16)、「弱った手と衰えたひざとを強く」(ヘブル12:12)するために、「弱い者を助け」(テサロ前5:14)、「足なえの人も関節をはずすことのないため、いやむしろ、いやされるため」(ヘブル12:13)に手助けし、「いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走」る(ヘブル12:1)ために、また「私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの永遠の御国にはいる恵みを豊かに加えられる」ために(ペテロ後1:11)、「うちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせ」(テモテ後1:6)て協力します。
これらは、聖霊の導きにより、互いにキリストにあって、しっかり組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建て上げられていくのです(エペソ4:16)。
マタイ4:16
4:16 暗やみの中にすわっていた民は偉大な光を見、死の地と死の陰にすわっていた人々に、光が上った。」

ヘブル12:1,12:13
12:1 こういうわけで、このように多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。
12:12 ですから、弱った手と衰えたひざとを、まっすぐにしなさい。
12:13 また、あなたがたの足のためには、まっすぐな道を作りなさい。足なえの人も関節をはずすことのないため、いやむしろ、いやされるためです。

テサロ前5:14
5:14 兄弟たち。あなたがたに勧告します。気ままな者を戒め、小心な者を励まし、弱い者を助け、すべての人に対して寛容でありなさい。
ペテロ後1:11
1:11 このようにあなたがたは、私たちの主であり救い主であるイエス・キリストの永遠の御国にはいる恵みを豊かに加えられるのです。

テモテ後1:6
1:6 それですから、私はあなたに注意したいのです。私の按手をもってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。

エペソ4:16
4:16 キリストによって、からだ全体は、一つ一つの部分がその力量にふさわしく働く力により、また、備えられたあらゆる結び目によって、しっかりと組み合わされ、結び合わされ、成長して、愛のうちに建てられるのです。

その2、報い、報酬です。
絶えず、「信仰の働き、愛の労苦」(テサ前1:3)に携わっている人々は、「平和をつくる者は幸いです。その人は神の子どもと呼ばれる」(マタイ5:9)のです。
神はそのような人に、「子としてくださる御霊」(ローマ8:15)を与えて下さり、しかも、その霊を、以前にも増して豊かに心の中に注ぎ、神の子たちに備えられているあらゆる神の恵みと祝福を与え、「もし子どもであるなら、相続人でもあります。私たちがキリストと、栄光をともに受けるために苦難をともにしているなら、私たちは神の相続人であり、キリストとの共同相続人であ」(ロマ8:17)ることを、すべての人に認めさせて下さるでしょう。これこそ神の子としての特権であり、キリスト者として選ばれた者の使命であり、心から平和をつくり出す喜びと感謝があふれてくるのです。

 このように、内なるきよめが外に向かって平和を築き上げていくのです。そして、み国を相続する報い、特権を頂くことができるのです。私達も心きよく、平和を築きつつ、真の平和の君なるイエス様が来られる、その日を待ち望みましょう。
テサ前1:3
1:3 絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。

ローマ8:15
8:15 あなたがたは、人を再び恐怖に陥れるような、奴隷の霊を受けたのではなく、子としてくださる御霊を受けたのです。私たちは御霊によって、「アバ、父。」と呼びます。

2007年4月28日 土曜日

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Filed under: 雑記 — 管理人 @ 0時00分45秒

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