助け主が来られた意味
ヨハネによる福音書14章15-17節
今日は、ペンテコステ、イエス様が復活されて50日目に、約束の聖霊がこの世に来て下さり、教会が生まれた記念すべき日です。目には見えませんが、聖霊とか御霊と呼ばれる助け主なる神様が、私達のところに来て下さった日です。今日は、聖霊が来て下さった意味を学びましょう。
第一に、聖霊は、助け主です(14:16)。
皆さんは、イエス様が何をするためにお生まれ下さったかご存知ですか。イエス様が来られた目的は、私たちの罪の身代わりに十字架にかかり、死と悪魔を滅ぼして三日目によみがえられるためでした。そして、イエス様が天にお帰りになられると、私達のところに聖霊なる神様が遣わされ、私達を弁護し、助け、励まし、慰め、救いの道に導いて下さるのです。
ヨハネ14:16
14:16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。
聖霊は、私達に罪とは何か、天のお父様がどんなに私達を愛して下さっているか、イエス様の十字架の恵みがどんなに偉大な愛なのかを悟らせて下さいます。「わたしが去って行くことは、あなたがたにとって益なのです。それは、もしわたしが去って行かなければ、助け主があなたがたのところに来ないからです。しかし、もし行けば、わたしは助け主をあなたがたのところに遣わします。」(ヨハネ16:7)と言われたように、もしイエス様の十字架と復活がなかったら、聖霊はおいでにならず、来なければ、私達は自分の罪をもったまま永遠の滅びに行くしかなかったのです。
また聖霊は、キリストから与えられた戒めを守るために遣わされ、その戒めとは「もしあなたがたがわたしを愛するなら、あなたがたはわたしの戒めを守るはずです」(ヨハネ14:15)と語られるように、父なる神様を信じ、愛し、戒めを守る人に聖霊が与えられ、キリストを愛する者として、互いに愛し合うことができるのです。
この愛は父なる神と子なるキリストの交わりの中に源を発し、私たちが神様の愛の中に生き続けられるように働いて下さると共に、自己を惜しみなく与える愛であり、教会は御霊の助けによってこの愛を、互いの交わりの中で、この世に表わすように求められているのです。
第二に、聖霊は「真理の御霊」です。3つの真理を上げましょう。
1、聖霊が教えてくださる真理は、私たちを罪と滅びから救い出す真理です。真理の御霊は、神様が憎まれる罪が何であるかをはっきり分からせて、罪を心から悲しむことができるようにして下さり、私達を悔い改めに導かれます。そして、イエス様の十字架が私の罪のためだということを教えて、イエス様を喜んで信じる者にして下さいます。
2、御霊は、私達が、イエス様こそ神の子キリストであると信じることが出来るように働いて下さいます。実際「聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。」(Ⅰコリント12・3)。
Ⅰコリント12・3
12:3 ですから、私は、あなたがたに次のことを教えておきます。神の御霊によって語る者はだれも、「イエスはのろわれよ。」と言わず、また、聖霊によるのでなければ、だれも、「イエスは主です。」と言うことはできません。
このように御霊は、キリストの福音の真理を証しし続けることによって、教会をキリストの体として建て上げ、私たちを父なる神と、子なるキリストとの永遠の愛の交わりの内に入(はい)らせて下さいます。
3、真理の御霊は、「わたし(キリスト)についてあかし」(15・26)し、「あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。」(ヨハネ14:26)。つまり、みことばに基づいた正しい価値判断、決定、行動、生活を可能にし、汚れをきよめ、きよい生活を送るように、すべてのことを思い起こさせ、教えて下さいます。そして、「やがて起ころうとしていることを示。」(16・13)して下さいます。
ヨハネ15・26
15:26 わたしが父のもとから遣わす助け主、すなわち父から出る真理の御霊が来るとき、その御霊がわたしについてあかしします。
ヨハネ16・13
16:13 しかし、その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。
第三は、いつまでも共におられる神様。それが聖霊様です。2つのことを私達に教えています。
その1、神を信じ、神を愛し、神の戒めを守る聖霊を受けた人です。真理の御霊は、「いつまでもあなたがたと、ともにおられ」(14:16)、「あなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです」(ヨハネ14:17)と語るように、キリストは父のみもとに帰られたけれども、聖霊はそばにおられるだけでなく、信じる人の心の中に住んで、内側から教え、励まして下さいます。
ヨハネ14:17
14:17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。
そして、「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」(ヘブル13:5)よ、と約束して下さいます。イエス様を信じるなら、聖霊によって、神様の愛が心に注がれ、どんな時でも私達のハートが温められ、信仰が与えられるのです。
ヘブル13:5
13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」
もし自分一人が、どこかに置き去りにされたら寂しいですね。しかし、イエス様は、「わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。」(14:18)よ、と約束されました。たとえ、私達が忘れ、裏切っても、神は私達を信頼し、永遠に離れず、捨てて、孤児とはなさいません。
確かに、今は目には見えませんが、聖霊なる神様として来られたので、私達が神様を愛するなら、いつでも、どこに行っても、私たちは神様と一緒にいることができるのです。
ヨハネ14:18
14:18 わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。
その2、聖霊を受けていない人です。「世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。」(ヨハネ14:17)。と語るように、真理の御霊を受けることのない、この世の人たちは、人間の知恵でしかキリストを知る術がなく、その努力は無駄となります。
キリストがこの世を去り、父なる神様のもとに帰るにあたって聖霊様が、助け主として遣わされたのは、キリストの体なる教会を建て上げ、私たちを神との交わりに入らせるための主のご計画でした。
ペンテコステは約束の御霊のご降臨であり、以来御霊は私たちを真理へと導き、互いに愛し合うことにより、宣教の業を助け、世の終わりまで共に働いて下さるのです。この御霊に信頼して、御国の建設のために励みつつ、キリストの栄光のために用いさせて頂きましょう。そのために、キリストを客間にだけお通しするのではなく、すべての部屋に入って頂き、きよめて頂きましょう。
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