子供に対する家庭の価値
エペソ人への手紙6章1―4節
地球上で、最も素晴らしい場所は家庭であり、家庭は、ひとりの人の生涯に、最も重要な影響を与える所でもあります。どんなにすぐれた情操教育をしている幼稚園も、立派な教師と設備の整った学校も家庭ほどには子供に影響を与えることは出来ません。父と母と子供は、世界で最も美しい理想社会なのです。しかし、創世記3,4章を見ますと、罪ゆえに夫婦の亀裂と殺人の最初は、兄弟であり、家庭崩壊は今もあります。そこで、今日はこどもの日ですので、「子供に対する家庭の価値」について聖書から学びましょう。
第一に、子供が、「愛するとはどういうことか?」という意味を発見し、体験し、学んでいくのは、家庭においてです。
先ず子供達は、自分が両親から愛されていることに、気づきます。両親の生活は、全部子供に対する愛の為に、行なわれているのです。これは、大人になっても忘れることが出来ません。特に、病気の時に看病してくれたやさしい母親の姿や、父親と手をつないで散歩した時の、父親の手の大きさ等です。子供達の心の中に残る思い出は、ほとんど両親の愛です。たとえ親の愛を体験していなくても、神様の愛を体験しているなら大丈夫です。
そして、段々成長していくに従って、今度は、自分が両親や家族に対して、愛をもって応えていくことを学びます。このようにして、子供は、家庭の中で愛されたり、愛することを通して、友達を愛し、社会を愛し、神様の愛に答えられるように、成長していくのです。まさに両親が愛を植え、愛を注ぎます。しかし、成長させて下さるのは神様ご自身です(1コリント3:6)。
1コリント3:6
3:6 私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。
第二に、子供は家庭の中で「感謝する心」を学びます。
両親の愛に応えて家族を喜ばせようとすることは、感謝な心のあらわれです。「ありがとう」ということを、教えてくれるのも両親です。クリスチャンホームなら、祈りを通して、子供達の心に、純粋な感謝の心が養われていくのです。このような最も感じやすい時期に、聖書に基いて正しい心の在り方を習得しておくなら、青年期の様々な誘惑に対して、十分な準備となるのです。
またヘブル12:5-11で「わが子よ。主の懲らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」。訓練と思って耐え忍びなさい。神はあなたがたを子として扱っておられるのです。父が懲らしめることをしない子がいるでしょうか。もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。」と語っています。
これは神との愛の関係によって(ヘブル12:6,8)、服従を学び(9)、善悪をわきまえ、きよさ(10)と義の実を結ばせることを(11)、神様はキリスト者に訓練を通してなさるのです。これは、親子でも同じではないでしょうか。そのためには、「父たちよ。あなたがたも、子どもをおこらせてはいけません。かえって、主の教育と訓戒によって育て」(エペソ6:4)る必要があります。
ヘブル12:6,8,9,10,11
12:6 主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」
12:8 もしあなたがたが、だれでも受ける懲らしめを受けていないとすれば、私生子であって、ほんとうの子ではないのです。
12:9 さらにまた、私たちには肉の父がいて、私たちを懲らしめたのですが、しかも私たちは彼らを敬ったのであれば、なおさらのこと、私たちはすべての霊の父に服従して生きるべきではないでしょうか。
12:10 なぜなら、肉の父親は、短い期間、自分が良いと思うままに私たちを懲らしめるのですが、霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。
12:11 すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。
第三に、子供達が「お互いを尊重し、協力すること」を学ぶのは、家庭においてです。
子供に共通している最大の特徴は、自分中心でわがままです。しかしやがて、自分の家には、自分以外の人がいて、何でも自分の願い通りにはいかないことが解るようになります。他の人の権利を認め、全員の幸福の為には、自分の願いをも取り下げることを学ぶと共に、忍耐を学ぶようにしましょう。幸福な家庭とは、ひとり一人に、正しい地位と権利が与えられ、おのおのがゆずり合いながら働く家庭です。
このように互いを尊重し、協力し合うことを、家庭で身につけることが、健全な民主主義の社会の基礎となります。家庭は、子供達が社会へ大きく羽ばたく為の苗床であり、練習場でもあるのです。世界のすべての社会は、一つ一つの家庭から、生み出されてきているのです。
第四に、子供は、家庭において「権威の正しい意味」を学びます。
よく「そんなことをすると、おまわりさんに言いつけるよ」とか、「学校の先生に言うよ」という親の話を聞きますが、これは、正しい権威の所在を誤っているばかりでなく、ますます親の権威を、失わせます。このような言葉は、親自身に権威がないことを、子供に教えているようなものです。
「子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。あなたの父と母を敬え。」(エペソ6:1,2)ということは、両親は、子供達から尊敬されるべきですし、また尊敬されるに値するものを持っていなければなりません。では子供達は、両親のどんな所を通して、尊敬するようになるのでしょうか。
エペソ6:1,2
6:1 子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。
6:2 「あなたの父と母を敬え。」これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、
その1、両親の学歴や職場や社会的地位には関係なく、子供達は、両親を愛し、尊敬しています。ただ、子供達が、両親を尊敬しなくなるのは、子供との約束を無断で破ったり、子供達の愛を裏切るような言行をした時です。
その2、子供達にとっては、両親の誠実さや勤勉さは、尊敬に値するものです。また、一般に権威とは、外部からの一方的命令のように考えますが、そうではなく、親の真の権威は、親子の信頼関係と子供の人格を尊重する愛の心から出てくるものでなければなりません。
第五に、子供が「道徳性を学ぶ」のも家庭です。他の人を傷つけたり、盗んだり、善悪の正しい判断を教えられるのは、両親からです。ですから、両親の道徳性が高ければ高いほど子供達も道徳的にすぐれた人格の持ち主になる可能性が、大きいのです。
そして、神を畏れ、尊ぶこと(箴言1:7,3:5)を親が毅然とした態度で身をもって模範を示してあげることほど、子供にとって大きな財産はありません。それが道徳性を高める結果ともなります。
箴言1:7,3:5
1:7 主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。
3:5 心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。
このような点から、各々の家庭は、世界のどんな教育機関にもまさって、価値があり、影響力が強いのです。子供の躾は、家庭以外では不可能なのです。
そして、家庭の祝福は、社会の祝福であり、財産となること、それを築くことの出来るのは、今しかないという大切な仕事が、家庭であることを真剣に考えて頂きたいのです。
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