はじめに神が
創世記1章1-25節
皆さんは夕日が沈むのを見たことがあるでしょう。真っ赤な太陽が、西の空にゆっくり沈むのを。また、朝日が昇る時、真っ暗な空がだんだん明るくなって、真っ赤で光輝く太陽が昇ります。太陰だけでなく夜空に輝く月や星をながめると、とてもきれいです。今日はこの太陽や月や星、自然界の動物や植物など、いったい誰が創ったのかを考えてみましょう。
第一は、天地の創造者はどなたかです?。
「初めに」(1:1)とは、物質世界がまだ存在しない時のことです。科学は、このような時のことを扱うことはできませんが、聖書は「初めに、神が天と地を創造した。」(1:1)とはっきり明言しています。では、天地が創られる前の様子はどうだったのでしょうか。聖書には「地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。」(1:2)と記されています。ただ、神様だけがおられたのです。ある時、神様はご自分のお考えをもって、宇宙全体の完成予想図を計画され、目的をもって天と地とを創造なさったのです。
創世記1:1,2
1:1 初めに、神が天と地を創造した。
1:2 地は形がなく、何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。
第二は、どのように天地は創られたのかです。
神様は天地を創造される時「言葉」をもって創造されました。真っ暗闇の中、「『神が「光よ。あれ。』と仰せられ」(1:3)ると、神様の言葉の通りに、突然光が輝きました。「そして神はこの光とやみとを区別された。神は、この光を昼と名づけ、このやみを夜と名づけられ」(1:4)ました。これが創造の第一日でした。
創世記1:3,4
1:3 そのとき、神が「光よ。あれ。」と仰せられた。すると光ができた。
1:4 神はその光をよしと見られた。そして神はこの光とやみとを区別された。
第二日は、「大空よ。水の間にあれ。水と水」を分けられ、「その大空を天と名づけられ」ました(1:6-8)。
創世記1:6-8
1:6 ついで神は「大空よ。水の間にあれ。水と水との間に区別があるように。」と仰せられた。
1:7 こうして神は、大空を造り、大空の下にある水と、大空の上にある水とを区別された。するとそのようになった。
1:8 神は、その大空を天と名づけられた。こうして夕があり、朝があった。第二日。
第三日は「天の下の水は一所に集まれ。かわいた所が現われよ。」(1:9)と仰せられ、「かわいた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけ」、「地は植物、種を生じる草、種類にしたがって、その中に種のある実を結ぶ果樹を地の上に芽生えさせよ。」(1: 10,11)と命じられると、「その中に種のある実を結ぶ木を生じ」(1:12)ました。
創世記1:9-11
1:9 神は「天の下の水は一所に集まれ。かわいた所が現われよ。」と仰せられた。するとそのようになった。
1:10 神は、かわいた所を地と名づけ、水の集まった所を海と名づけられた。神は見て、それをよしとされた。
1:11 神が、「地は植物、種を生じる草、種類にしたがって、その中に種のある実を結ぶ果樹を地の上に芽生えさせよ。」と仰せられると、そのようになった。
第四日は、「光る物は天の大空にあって、昼と夜とを区別せよ。しるしのため、季節のため、日のため、年のために、役立て。天の大空で光る物となり、地上を照らせ。」と仰せられると、「神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせ」(1:16-18)、「また星を造られ」(1:16)ました。
創世記1:16-18
1:16 それで神は二つの大きな光る物を造られた。大きいほうの光る物には昼をつかさどらせ、小さいほうの光る物には夜をつかさどらせた。また星を造られた。
1:17 神はそれらを天の大空に置き、地上を照らさせ、
1:18 また昼と夜とをつかさどり、光とやみとを区別するようにされた。神は見て、それをよしとされた。
第五日は、海と空の全ての生き物をお創りになりました(1:21)。「水は生き物の群れが、群がるようになれ。また鳥は地の上、天の大空を飛べ。」(1:20)と仰せられると、大空には鳥たちが飛び回り、水の中ではあらゆる種類の魚が泳ぎ回りました。
創世記1:20,21
1:20 ついで神は、「水は生き物の群れが、群がるようになれ。また鳥は地の上、天の大空を飛べ。」と仰せられた。
1:21 それで神は、海の巨獣と、その種類にしたがって、水に群がりうごめくすべての生き物と、その種類にしたがって、翼のあるすべての鳥を創造された。神は見て、それをよしとされた。
第六日は、「地は、その種類にしたがって、生き物、家畜や、はうもの、その種類にしたがって野の獣を」(1:24)創られました。
創世記1:24
1:24 ついで神は、「地は、その種類にしたがって、生き物、家畜や、はうもの、その種類にしたがって野の獣を生ぜよ。」と仰せられた。するとそのようになった。
そのように、天地万物は、すべてが神のお言葉とご計画によって造られました。人間の耳に聞こえる言葉でないにしても、神の意志に従ってこの世界の全てが創造されたことを、私達は信仰によって受け入れる者となりたいものです。
第三は、創造論と進化論です。
植物や動物が「種類にしたがって」創造されたと記されていますが、これは、学校で教えている進化論とは違います。
進化論は、一つの種から様々な種が進化したと言いますが、これは立証された科学的事実ではなく、あくまでも一つの仮説です。進化論の最大の問題点は、突然変異によって種が変化するという主張でしょう。類人猿が人間に進化する過程でさえ、今だに謎に包まれているのに、アメーバのような単純な生物が、偶然におこる突然変異によって、人間のような複雑なものにまで進化できるのでしょうか。まして、人間にだけ与えられているたましいについてどう説明できるのでしょうか。かえって、神がその深い知恵によって秩序正しく、すべての種を創造されたとするほうが、はるかに理解しやすいのではないでしょうか。
第四は、なぜ地球を大切にするのかです。
神様は大空も海も山も、そして小さな野原の花や虫も一つ一つ心を込めて創造された後、神様が創造されたものの中には、不必要なものは何一つなく、「神はお造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。」(1:31)のですから、私達は、神様が創造して下さった地球を大切にしなければなりません。
今、地球は温暖化で大変な状態になっています。北極、南極の氷が溶けて水かさが増し、沈没しそうになっている島もあります。様々な災害が世界の各地で起こっています。神のみ前で謙遜に、「豊かな生活を支え続けた資源を奪い、無駄にしてきた」ことを悔い改めると共に、神の創造された自然界に対しても、倣慢になってはいけません。資源を浪費せず、自然を汚さず、地球を大切にすることが求められています。
現代の多くの人々は、見える世界のみに関心をもち、見えない世界や見えない神を信じようとしません。「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟る」(ヘブル11:3)と共に、神様の秩序に従っていく時、人は祝福と恵みを受けます。私達も、自然界を通し、歴史を通して、神様の存在を認め、皆さんを創造し、愛し、祝福し、全生涯を導いて下さる創造主なる神様を信じて歩ませて頂きましょう。
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