神に向かって感謝をささげよう
詩篇100篇1-5節
今年最後の礼拝となりました。この一年も、いろいろなことがありましたが、まず神様に守られたことを感謝しましょう。今日は詩篇100篇を通して、私達が喜んで神様を礼拝し、感謝し、賛美をささげる理由について学びましょう。
第一は、喜びをもって御前に来たれです。
詩篇はまず、「全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。」(100:1)と呼びかけていますが、その呼びかけの対象は「全地」とありますから、イスラエルという枠を超えた全世界の全ての被造物が、主なる神を賛美するようにということです。
2節で、「喜びをもって主に仕えよ」「喜び歌いつつ御前に来たれ。」と語っていますが、このみことばによって、私達が何に仕え、何をすべきかを示しています。それは「あなたは何のために生きているか」と言うことにも通じます。私達は、自分のために生きるのではなく、喜びを持って、神を礼拝することが、本来あるべき人間の姿です。つまり、神を礼拝するとは、賛美をもって主の御前に行き、威光と尊厳を持って仕える。これこそが真の礼拝といえましょう。
詩篇100:1,2
100:1 全地よ。主に向かって喜びの声をあげよ。
100:2 喜びをもって主に仕えよ。喜び歌いつつ御前に来たれ。
第二は、神様がどういうお方かを知る知識をもって御前に来たれです。
私達が礼拝者として心がけたいことは、「知れ。主こそ神」(100:3)とあるように、神をただ単に知識として知っているだけでなく、深く人格的な交わりによって、父なる神がどういうお方かを深く知り、神を認めて確信することです。3節では神について知るべき三つの事柄が述べられています。
① 造り主なる神です。
「主が、私たちを造られた。私たちは主のもの」とありますように、神様は、永遠の初めから永遠の終わりまで存在される唯一人のお方です。神様は天地万物を創造され、今もそれを守り、治めておられるお方です。その中でも、私達人間を神様と交わる特別な存在者として造って下さり、すべてを最善にして下さるお方ですから、私達は心から神を畏れ、尊んで、主を礼拝することです(95・6)。
詩篇100:3
100:3 知れ。主こそ神。主が、私たちを造られた。私たちは主のもの、主の民、その牧場の羊である。
詩篇95:5,6
95:5 海は主のもの。主がそれを造られた。陸地も主の御手が造られた。
95:6 来たれ。私たちは伏し拝み、ひれ伏そう。私たちを造られた方、主の御前に、ひざまずこう。
② 王なる神です。
「私たちは主のもの、主の民」とありますように、神は全てにまさって王なるお方であり、私達はその民です(95・3)。それ故に、私達は神の民としてふさわしく、神の公正な裁きに服し、心からの信頼と忠誠をもって仕えなければなりません。
詩篇95・3
95:3 主は大いなる神であり、すべての神々にまさって、大いなる王である。
③ 牧者なる神です。
「私たちは・・その牧場の羊である」とありますように、神様は、羊飼いがその羊の世話をするように(23:1)、私達に必要な物を与え、体も心も養い、いつも危険なことから守って下さるお方ですから、神様によって造られた私たちは、硬く神を信頼し、心から喜んで神様を礼拝し、感謝し、神をほめたたえることです。
詩篇23:1
23:1 主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
第三は、感謝をもって御前に来たれです。なぜなら、主のいつくしみ・恵み・真実への応答だからです。
イスラエル民族は、真の神様の存在を知らせるために特別に選ばれた神の民でした。けれども、偶像を神として拝み、頼り、まことの神に従いませんでした。神様はそのようなイスラエルの民をも見捨てず、民が心から悔い改めて神様に立ち帰るならば、その罪を赦し、愛をもってどこまでも導かれました。それは、アブラハムやモーセ、ダビデなどの先祖たちと結んだ約束のゆえでした。
また、神様は先祖たちに救い主を送ることをも約束されました。その約束のとおりイエス様が来られ、イスラエルの民のように神様に逆らい、神のみ心を痛めることしかできない、私達の罪の身代わりとなって十字架にかかって下さいました。滅びても当然の私たちが、イエス様の十字架を信じることによって罪を赦され、神様に近づいて、いつも交わり、礼拝する者とさせて頂いたのです。これは神の恵みであり、約束をどこまでも守り続けて下さる神のご真実のゆえです。その神様の変わらないご愛と恵みと真実とを覚える時、私たちの心とくちびるから感謝と賛美とが溢れ出てくるのも当然でしょう。
ですから、5節には、礼拝者が感謝を献げるべき理由が示されています。それは「主はいつくしみ深くその恵みはとこしえまで、その真実は代々に至る。」と。私達は、この神の限りなき愛に応答し、心からの感謝の供え物を携えて、主の宮に集う者とされているのです。
慈しみ深い神は、ご自身の民が感謝の供え物を携えて礼拝をするように招いておられます。この一年を振り返り、神様の恵みの数々を思い返しつつ、迎える新しい年も、まことの神様を信じて礼拝し、感謝と賛美を献げる者とさせて頂きましょう。
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