サウロのよき理解者
使徒の働き9章26-31節
先週は、教会を迫害していたサウロが、新しい人に変えられるために、アナニヤが用いられ、サウロはますます心が燃えてイエス様が救い主であることを伝えたので、ダマスコに住むユダヤ人たちはサウロを殺そうと計画します。その時、よき理解者となったのが、バルナバでした。今日は、サウロとバルナバの関係について考えてみましょう。
第一は、バルナバとはどのような人物だったのでしょうか。
バルナバについては、使徒行伝4章36~37節に、①キプロス生まれで、②彼の一族は宗教的公務に携わるレビ人で、③彼の本名は「ヨセフ」で、④「使徒たちによってバルナバ(訳すと、慰めの子)と呼ばれ」(9:36)、⑤「畑を持っていたので、それを売り、その代金を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。」(9:37)とありますように、エルサレム教会の初期からの忠実なメンバーでした。
使徒4:36.37
4:36 キプロス生まれのレビ人で、使徒たちによってバルナバ(訳すと、慰めの子)と呼ばれていたヨセフも、
4:37 畑を持っていたので、それを売り、その代金を持って来て、使徒たちの足もとに置いた。
「慰め」と訳される語の本当の意味(原意)は「側(そば)に助けを呼び寄せる」で、バルナバは人々の窮状を見て見ぬふりができず、自ら犠牲を払ってでも人々を助けようと行動する、心の優しい人でした。
第二は、難問にぶつかったサウロです。
前回の話の続きですが、サウロはタマスコで回心して後まもなく、ガラテヤ1・17を見ますと、アラビヤに行って、足かけ3年そこに滞在し、その後、再びダマスコに行って、イエスこそキリストであると宣教しますが、ユダヤ人達から命をねらわれるようになり(9・23~24)、そこでサウロはダマスコから逃れ、35年頃にエルサレムに上京します。エルサレム教会はキリスト教会の本家本元です。そこにいる使徒たちに自らの信仰を認めてもらうことが、サウロにとって、その後の宣教活動のために必要でした。
ガラテヤ1・17
1:17 先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。
使徒9・23~24
9:23 多くの日数がたって後、ユダヤ人たちはサウロを殺す相談をしたが、
9:24 その陰謀はサウロに知られてしまった。彼らはサウロを殺してしまおうと、昼も夜も町の門を全部見張っていた。
「サウロはエルサレムに着いて、弟子たちの仲間にはいろうと試みたが、みなは彼を弟子だとは信じないで、恐れてい」(9:26)ました。サウロは若き日にエルサレムで、ユダヤ教を代表する律法学者ガマリエルに弟子入りして学んだ律法学者であり(22・3)、パリサイ派の伝道者として、イエスをキリストと信じる「異端分子」を撲滅することに使命を感じ、エルサレム教会の多くの信者を捕縛して、投獄した張本人であることを(8・1~3)、エルサレム教会の「みなは」知っていましたので、サウロが彼らに受け入れられることは、かなり難しいことでした。
もし、このままサウロがエルサレム教会の人々に受け入れられなかったら、その後のキリスト教世界はどうなっていたかわかりません。
使徒9:26
9:26 サウロはエルサレムに着いて、弟子たちの仲間にはいろうと試みたが、みなは彼を弟子だとは信じないで、恐れていた。
使徒22・3
22:3 「私はキリキヤのタルソで生まれたユダヤ人ですが、この町で育てられ、ガマリエルのもとで私たちの先祖の律法について厳格な教育を受け、今日の皆さんと同じように、神に対して熱心な者でした。
使徒8・1~4
8:1 サウロは、ステパノを殺すことに賛成していた。その日、エルサレムの教会に対する激しい迫害が起こり、使徒たち以外の者はみな、ユダヤとサマリヤの諸地方に散らされた。
8:2 敬虔な人たちはステパノを葬り、彼のために非常に悲しんだ。
8:3 サウロは教会を荒らし、家々にはいって、男も女も引きずり出し、次々に牢に入れた。
8:4 他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。
第三は、バルナバのサウロに対する、よき理解と執り成しです。
「ところが、バルナバは彼を引き受けて、使徒たちのところへ連れて行き、彼がダマスコに行く途中で主を見た様子や、主が彼に向かって語られたこと、また彼がダマスコでイエスの御名を大胆に宣べた様子などを彼らに説明した。」(9:27)とありますように、この危機にあたって、バルナバだけがサウロを信じ、受け入れ、彼の話に理解を示し、サウロを使徒たちに引き合わせ、彼のキリスト信仰が真実であることを彼らに説明したのですから、実に勇気ある愛の業であり、真の友であると同時に、バルナバが、慰めの子と言われた、わけがここにあったと言えます。
「ギリシヤ語を使うユダヤ人たちと語ったり、論じたりしていた。しかし、彼らはサウロを殺そうとねらっていた」(9:29)ので、「兄弟たちはそれと知って、彼をカイザリヤに連れて下り、タルソへ送り出し」(9:30)ますが、「教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふえて行」(9:31)きました。
このようにして、バルナバの執り成しによって、サウロにはたくさんの仲間、兄弟たちが与えられ、守られることになったのです。
使徒9:29
9:29 そして、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちと語ったり、論じたりしていた。しかし、彼らはサウロを殺そうとねらっていた。
使徒9:31
9:31 こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふえて行った。
第四は、31節から、教会の前進の特徴を2つあげることができます。
1、教会の発展または成長に関する4つの要素(9:31)です。
その1、「平安を保ち続けた」とあるように、教会の質的充実です。困難・迫害があっても、キリストにある心の平安があるなら、それは本物です。
その2、「築き上げた」という言葉には、人々を適材適所に使い分けて、組み立て、つなぎ合わせて、目標を完成するという、教会の健全な機能的充実がありました。
その3、「信者の数がふえて行った」とあるように、霊的な増加です。
その4、「ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり」という句にあるように、宣教の拡大です。
2、31節は「こうして」という書き出しで始まっています。つまり、これまでの経過を受け継いで、どうして教会が、このように成長したのかですが、そこには、3つの要因が考えられます。
その1、一致です。直接的には、エルサレムでのサウロの仲間入りが、バルナバの骨折りでうまくいき、良いチームワークが生まれたこと。広い意味では、「ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤ」という互いに異なった宣教的・文化的・地域的背景を持ちながら、そこに形成された諸教会の間に、平安が保ち続けられたのは、「御霊の一致」によるものです。
その2、活発は信徒活動です。福音宣教が、どうしてエルサレムからサマリヤまで進展したのかは、ステパノの殉教の日から「使徒たち以外の者」(8:1)、つまり信徒達が、サマリヤを始め、各方面に「散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた」(8:4)結果でした。
その3、聖霊の力です。イエス様は「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒1:8)と約束されましたが、その通りに、教会が広く築き上げられるようになったのは、彼らが聖霊の力に満たされていたことの何よりの証拠です。
こうして教会は、迫害の中にも、互いに受け入れあい、一つとされ、聖霊に励まされて、イエス様による福音が、聖霊を受けた弟子たちによって、さらに伝えられ、たくさんの教会が誕生し、前進し、今日に受け継がれ、そしてイエスの再臨される、その日まで続くでしょう。
私達も、日本の現実を見る時、「どうして日本だけ・・」と、つぶやいてしまいやすいですが、何も失望する必要はありません。なぜなら、聖霊の力を信頼するならば、日本にも「こうして教会は」と言って恵みを列挙できるほどのみ業が必ずなされるはずだからです。ただ私達に信仰と神に期待する希望が、どれほどあるかです。私達は神に大いに期待し、私達に出来ることを、神に精一杯ささげましょう。
人は、一人では生きていけません。誰か一人でもいいから自分を受け入れてくれる人がいる時、生きる力がでます。私達は、いつでも、どこででも、イエス様はよき理解者であり、すべてを知り、受け入れて下さる、ただひとりの友です(ヨハネ15:15)。そして、私達は、主にあって、互いに受け入れあうことができる場所、それが教会と言えます。
教会にも人間的な弱さから問題は起きます。しかし、慰め主なる聖霊に満たされた聖徒を用いて、主は問題を解決して下さいます。私達も主の愛に満たされて、愛に生きる者とされましょう。
ヨハネ15:15
15:15 わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。なぜなら父から聞いたことをみな、あなたがたに知らせたからです。
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