初めてキリスト者と呼ばれた
使徒の働き11章19-26節
今日の主題は「クリスチャン」です。皆さんも今までに何度も聞いたことや、問題にぶつかった時、考えたことがあると思います。今日は、クリスチャンの誕生と意味について聖書の教えから考えてみましょう。
第一は、散らされた人々による教会誕生です。
紀元32年頃にエルサレムで迫害を受けた「ギリシヤ語を使う」ユダヤ人キリスト信者(6:1)たちは、地中海方面まで進んで行きました(11:19)。「フェニキヤ」(11:19)はレバノン沿岸地帯であり、「キプロス」(11:19)は地中海東部の島であり、「アンテオケ」(11:19)は属州シリヤの首都であり、人口50万人を数える帝国第三の大都市で、彼らは「ステパノのことから起こった迫害」(11:19)のために、やむなく各地に「散らされ」(11:19)て来た人々でした。しかし、それこそ神が定められた重要な計画が実行される開始点だったのです。
「散らされた人たちは」(8:4)、「ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。」(11:19,20)。「クレネ」はエジプトの西にあるクレナイカの首都であり、「キプロス」同様、ギリシャの文化的影響を強く受けていた地で、こうした地方では多くの異邦人がシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)に集っていましたが、割礼や食物規定、祭儀等、律法の問題があるために、彼らの多くは改宗できずにいましたが、主イエスの福音はこの障壁を取り除いたのです。「主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返」(11:21)り、その結果、アンテオケの町で初めてユダヤ人以外の人々による教会が誕生しました。
使徒11,19,20,21
11:19 さて、ステパノのことから起こった迫害によって散らされた人々は、フェニキヤ、キプロス、アンテオケまでも進んで行ったが、ユダヤ人以外の者にはだれにも、みことばを語らなかった。
11:20 ところが、その中にキプロス人とクレネ人が幾人かいて、アンテオケに来てからはギリシヤ人にも語りかけ、主イエスのことを宣べ伝えた。
11:21 そして、主の御手が彼らとともにあったので、大ぜいの人が信じて主に立ち返った。
第二は、結び合わされた人たちです。
アンテオケ教会の「この知らせが、エルサレムにある教会に聞こえたので、彼らはバルナバをアンテオケに派遣し」(11:22)ます。使徒たちはそれまでにも、各地に生まれたキリスト教会を訪問し、あるいは使者を派遣していました(8・14、9・32,10・23)。それは、新しい教会の信仰を確認し、キリスト教会の一体性を保持するためでした。バルナバは、キプロス島にいるディアスポラ(離散したユダヤ人)の家の出であり、立派な人物で、「聖霊と信仰に満ちている人」(11:24)で、どのような事態にも対応できる器として、エルサレム教会でも信頼されていたので、この役割に適任だったからです。
バルナバはアンテオケに着いて、この地の信徒たちと共に「神の恵みを見て喜び」(11:23)、「みなが心を堅く保って、常に主にとどまっているようにと励まし」(11:23)ます。これは信仰生活にとって大切なことで、一時的な感情でも、ムードに酔うことでもなく、「主にとどまっている」ことだからです。この励ましによって、「大ぜいの人が主に導かれ」(11:24)ました。
使徒11:22,23,24,25,26
11:22 この知らせが、エルサレムにある教会に聞こえたので、彼らはバルナバをアンテオケに派遣した。
11:23 彼はそこに到着したとき、神の恵みを見て喜び、みなが心を堅く保って、常に主にとどまっているようにと励ました。
11:24 彼はりっぱな人物で、聖霊と信仰に満ちている人であった。こうして、大ぜいの人が主に導かれた。
11:25 バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、
11:26 彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。
使徒8・14
8:14 さて、エルサレムにいる使徒たちは、サマリヤの人々が神のことばを受け入れたと聞いて、ペテロとヨハネを彼らのところへ遣わした。
使徒9・32
9:32 さて、ペテロはあらゆる所を巡回したが、ルダに住む聖徒たちのところへも下って行った。
使徒10・23
10:23 それで、ペテロは、彼らを中に入れて泊まらせた。明くる日、ペテロは、立って彼らといっしょに出かけた。ヨッパの兄弟たちも数人同行した。
第三は、己を捨て、全き愛をもってサウロを助けるバルナバです。
バルナバの良き牧会によって、アンテオケ教会では「大ぜいの人が主に導かれ」(11:24)、そのため、バルナバの独力では牧会が困難となり、そこで「バルナバはサウロを捜しにタルソへ行き、彼に会って、アンテオケに連れて来た。そして、まる一年の間、彼らは教会に集まり、大ぜいの人たちを教えた。弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるように」(11:25,26)なりました。
サウロがタルソに帰ってきたのが35年頃で、アンテオケに来る45年頃までに、およそ10年の歳月が流れていましたが、パルナバはサウロを忘れませんでした。バルナバは、①サウロの純粋で熱心な信仰と実行力に富んでいること、②パリサイ派の教育を受け、神がサウロに与えられた宣教者・神学者としての特別な才能を認め、③サウロに適した活躍の場に彼を導き、④共に伝道・牧会・教育の働きをしながら、サウロの成長を助けますが、このアンテオケ教会がパウロの母教会として彼の伝道旅行を支えることになるのですから、両者を結んだバルナバの功績は大きかったと言えましょう。
バルナバとサウロは心を合わせて丸一年間、アンテオケ教会の人々に聖書のみ言葉を教え、訓練し、教会の基礎作りをし、やがてこのアンテオケ教会からパルナバとサウロは世界宣教へと遣わされ、福音はさらにヨーロッパヘと伝えられていくのです。
第四は、クリスチャンの意味です。
「弟子たちは、アンテオケで初めて、キリスト者と呼ばれるようになった。」(11:26)。それまでは、キリスト者を「この道の者」(9:2)とか、「御名を呼ぶ者たち」(9:14)などと呼んでいました。クリスチャンとは、キリストに属する者、キリストに従う者という意味です。クリスチャンたちがいつもキリストを語っていたことから、周囲の人々がつけたあだ名です。あだ名は、信仰を持った彼らが、ただひたすらキリストに従って生きていた証拠であり、周囲の人々にとって、気になる存在だったということと、アンテオケの人々が、キリストの教会をユダヤ教の一つの宗派や分派としてではなく、全く別の新しい集団として認めたということでもあり、大変重要な意味があったと言えましょう。
使徒9:2,14
9:2 ダマスコの諸会堂あての手紙を書いてくれるよう頼んだ。それは、この道の者であれば男でも女でも、見つけ次第縛り上げてエルサレムに引いて来るためであった。
9:14 彼はここでも、あなたの御名を呼ぶ者たちをみな捕縛する権限を、祭司長たちから授けられているのです。」
では、私達はどうしたらクリスチャンになることができるのでしょうか。そのためにはまず、自分の罪を神様の前に悔い改めなければなりません。神様は犯した罪だけではなく、私たちの心の中までも照らして罪を示してくださいます。その罪を正直に神様の前に告白しましょう。そしてイエス様が自分の罪の身代わりとして十字架にかかられたことを信じましょう。そのとき神様は、私たちのすべての罪を赦して、賜物として聖霊を与えて下さいます(使徒2・38、20・21)。
教会は神のもの、宣教を主導されるのも神です。私達もイエス様を信じて、聖霊に満たされた力強いクリスチャンとして、「主にとどまって」イエス様を証ししましょう。
使徒2・38
2:38 そこでペテロは彼らに答えた。「悔い改めなさい。そして、それぞれ罪を赦していただくために、イエス・キリストの名によってバプテスマを受けなさい。そうすれば、賜物として聖霊を受けるでしょう。
使徒20・21
20:21 ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰とをはっきりと主張したのです。
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